SSC_0555.JPG SSC_0550.JPG CA3A0628.JPG

昭和20年3 月10日未明、米軍機B29による焼夷弾爆撃で東京下町は火の海となり一夜にして焼け野原となりました。

この東京大空襲は死者10万人以上、広島・長崎の原爆に匹敵する犠牲者を出したと言われています。

      ・・・・・・・・・・・・・・・・・・

その日迫る火の手に追われ防空壕を飛び出した私達家族は総武線線路方向に逃げました。土手を駆け上ると、そこは焼け出された人々で一杯でした。亀戸中が火の海となり熱風と火の粉が私達を襲いました。震災を経験していた父は線路の砂利を手で掘りわづかに残ったひんやり冷たい空気を私たちに吸わせたと聞いています。

一夜明けて私達家族は小岩にある同業者を頼って歩き出しました、途中目にしたのはあまりにも悲惨で凄惨なものでした。

当時私は満5歳、記憶もきわめて断片的で、その後まわりの人から聞いた話などが脳裏で入り混じりそのイメージは二重像となり確かなものではありません。しかし総武線土手から見た第二精工舎の窓という窓から炎が猛烈に噴出していた事、馬が四足を空に向け焼け焦げていた事、逃避行の途中小松川橋たもとで婦人会の方々の炊き出しの「おにぎり」を頂きかぶりついた事だけは今でもはっきり記憶に残っています。

                          平成21年8月15日

                                     大林酒店・店主 藤村栄三

灯篭流しの翌日、中川の土手を歩くとボートを練習する若者の声が水面にこだましていました、一体あの沢山の灯篭はど何処へ流れて行ったのでしょうか・・・・・一つも見当たりません。

今日も快晴夏日・・平和です。

 


SSC_0551.JPG SSC_0549.JPG SSC_0545.JPG

 

 

 

 

 

 

 

終戦記念日の今日、新中川「ふれあい橋」たもとで「東京大空襲犠牲者追悼灯篭流し」が盛大に挙行されました。

今日は久しぶりのスッキリした夏空、夕暮れと共に「灯篭」を片手に大勢の人が集まり

それぞれの願いを込めた灯篭に灯をともし川面に浮かべていました。

爽やかな川風に揺れて流れる灯篭に手を合わせている人を何人も見かけました。

今年は近くに出来た大きなマンションの新住人も多く訪れ過ぎ行く夏の夕べを静かに味わっていました。

五丁目町会からも婦人部の皆さん・役員の皆さんが参加いたしました。

 


DSC_0500.JPG昭和20年3月10日の東京大空襲では亀戸も火の海

に包まれ大変な犠牲者が出ました。

東京大空襲犠牲者追悼の「灯篭流し」が毎年旧中川で開催されています。

今年も左のポスターの通り8月15 日6:30PMより

ふれあい橋たもとで行われます。

浅間竪川小学校・亀戸中学校皆さんのバンド演奏

もあります。お出かけ下さい。


亀戸赤短冊3 表.jpg

web-tougarasi.jpg


























昔から神社仏閣の多い「福の住む町・亀戸」にふさわしいイベントを模索していた

亀戸観光協会は、厄除け、邪気払いの効ありと言い伝えられる「赤からし」に着目

その鉢植えを業者にお願いし、この夏テスト販売する事となりました。

将来は入谷の「朝顔市」や「ほうずき市」に負けない亀戸の夏の大型イベントに

育てたいと念願しています。

中央通り商店街では香取神社祭礼(8月8・9日)盆踊り会場の亀戸第二公園でご希望の方に実費でお分け致します。


COPYRIGHT(C)KAMEIDO 5CHOUME CHUUOU DOURI SHOUTENGAI ALL RIGHTS RESERVED.